氷室冴子さんの小説「海がきこえるⅡ アイがあるから」の感想・解説・考察を書きます。
1996年6月に文庫版発刊。今回読んだ電子書籍版は文庫の新装版で2023年7月に発刊。
この小説は1作目に引き続きKindle Unlimited(キンドルアンリミテッド)で読みました。
1作目の「海がきこえる」は大学生の主人公が高校時代を回想するシーンが半分以上ありました。続編の「海がきこえるⅡ アイがあるから」はほぼ現在進行形の大学生活のストーリーになっています。
アニメの映画(小説も)ではとても良いところで終わっていてました。
その後の二人はどうなったのか気になっていたけれど、読み終わってみるとやっぱりいい作品でした。
挿絵が相変わらず良くて、ビジュアルが想像できていい!
小説「海がきこえるⅡ アイがあるから」の登場人物とあらすじ
「海がきこえるⅡ アイがあるから」のあらすじをご紹介します。物語を割と書いていますのでネタバレにご注意ください。一応、登場人物も書いておきます。
主な登場人物
- 杜崎拓…主人公。東京の大学に通う。大学1年。里伽子と付き合っている。
- 松野豊…杜崎の親友。京都の大学に通っている。大学1年。
- 武藤里伽子…東京の大学に通う。大学1年。
- 津村知佐…杜崎と同じ大学の3年生。同じ授業を専攻していてそこで知り合う。1作目でも登場していた。
- 田坂浩一…津村知佐とは恋人関係ではないが微妙な間柄。杜崎と同じ大学の3年。本屋でバイトをしていて1作目では森崎が東京の地図を買った際に仲良くなった。
- 前田美香…里伽子の父の再婚相手。
- 水沼健太…大学の同級生。
あらすじをざっくりご紹介
物語のはじまり
1作目の「海がきこえる」終盤では高校の同窓会が開かれた。
その後、杜崎と里伽子は途中で抜け出して高知城を散歩。その際に里伽子から自身の電話番号のメモをもらう。「一週間は高知にいるから」ということで、後日、松野が運転する車で高知を案内することに。
物語はこの回想シーンから始まります。
地元でも美味しいと評判の鰻丼を食べに行ったが、里伽子は鰻が嫌いで杜崎が里伽子の分も食べることに。
驚くことに「よさこい祭り」の本番初日に里伽子は高知を去った。本当に高知に興味がないらしい。
それと、松野は京都の大学でモテモテのハーレム状態らしい。
「おれは、京都ウケするタイプかもしれんぞ。教習所で知り合ったコから電話もらうわ、家庭教師にいった家のジョシコーセーに手紙もらうわで、まるでもてんかった高校時代のほうが、なんかの間違いだった気がするぞ。十八年間、ムダにしてきたというか」
海がきこえるⅡ アイがあるから
津村知佐に振り回される人たち
高知から東京に帰ってきた杜崎。
夜行高速バスの長時間移動で朝方に東京に到着。
アパートに帰るとなぜか鍵が開いていて、そこには津村知佐が寝ていた。
田坂に電話してなんとかことなきを得る。
随分後になるが、田坂にお礼として家に呼ばれて一緒にお酒を飲む。
そこで田坂と津村知佐との関係を知る。
津村知佐には本命の年上の男性がいるがその男性は既婚者。田坂は津村の相談者みたいな関係性。現状はリハビリと称して付き合っているらしい。(キープ的な存在?)
田坂の友人にバリバリのスポーツ選手がいてその話が良かった↓
「そいつと話してると、ものごとがクリアになるぜ。スランプだ、脱するためにアクションする。故障だ、治すためにできる限りの治療してリハビリする。スッキリしてるよ。目的のあるやつは、コケても乗り越えることだけを考える。乗り越えなきゃ勝てないわけだしさ。恋愛ってのは目的があるようでないから、困るんだろうな」
海がきこえるⅡ アイがあるから
杜崎も田坂も知佐に振り回されまくります。
里伽子と津村知佐の二人に振り回される杜崎
ある日、里伽子からディナーを誘われる。「その日はいい服を着て」という指示をされる。
大学の同級生に服飾関係に詳しい女の子がいるので、その子に同行してもらってバーゲンセールに行くことに。
うまくいい服が買えて、さらにプレゼントも獲得できた。服もプレゼントも里伽子からかなり喜んでもらえた。
里伽子の無防備な笑顔を見て、ぼくはつくづく、この世は女にプレゼントする金がある男が勝つんだなーと実感した。それくらい里伽子は、素直に嬉しそうだった。
海がきこえるⅡ アイがあるから
最近、クラスの女のコを見ていてわかったのだが、里伽子に限らず、ある種の女のコにはタイミングがすべてらしいのだ。
海がきこえるⅡ アイがあるから
そして、そのタイミングの鍵は全て向こうが握っている。
こっちはルールを知らされずにゲームに引っ張り込まれた武器なしのキャラクターみたいなもので、わけがわからない。そのタイミングをうまく掴む男が ”いい人” ”一緒にいて楽しい人” になるのだ。ひどい話だ。
バーゲンセールの混雑に杜崎が思ったこと↓
この行列というのは東京にきて驚いたことのひとつで、メシ屋にいっても、土、日に映画館にいっても、みんな驚くほど素直に並んでいるので、びっくりしてしまう。じゃあ行列してまで入った食い物屋のメシが旨いかというと、そうでもないから、頭が混乱してくるのだ。
海がきこえるⅡ アイがあるから
しかし、到着したそのお店には、里伽子の父の再婚相手の美香が待っていた。
美香は里伽子とうまく関係性を保ちたいという思いでディナーを誘っていたが、まさかボーイフレンドを連れてくるとは思っていなかった。
里伽子は美香に嫌がらせをするために杜崎を誘ったらしい。明らかに美香の大人の対応に里伽子は負けていた。だから杜崎を味方につけた。
その後、どんどん険悪なムードになる。
しかも、そのお店には津村知佐と男性がデートをしていた。
杜崎は最悪の事態に巻き込まれる。
里伽子が津村と話をしたことで、その日、二人は喧嘩別れする。
その後日、大学の授業で津村と遭遇して、ここでも津村と喧嘩することに。
もしかしたら、その張り詰めた気配が、田舎で微温湯(ぬるまゆ)につかるみたいにノンキに暮らしていたぼくや松野には新鮮で、惹きつけられたのかもしれない。
海がきこえるⅡ アイがあるから
ぼくが里伽子を好きになったのは、弱みを見せまいと虚勢を張ることで脆さがあらわになってしまう、ある種の健気さのためだったのかもしれない。
水沼の映像作品に涙する
杜崎の同級生に水沼という人物がいる。
水沼の家は近所の年寄りの集会所みたいなものになっていて、昔から高齢者と話す機会が多かった。
高齢者同士のデートの段取りまでしていた。
ある日、一般参加の素人ビデオ大会という催し物が大学であり、そこに水沼が撮った3分くらいの映像作品を上映していた。それを観て感動する杜崎。
「おばあちゃんの誕生日」というタイトルで、誕生日会に集まる高齢者の会話があり、最後におばあちゃんが歌を歌って終わる。
愛があるなあ、とぼくは思った。はっきりいって素人のホームビデで録ったやつで、工夫もなにもあったものじゃないし、才能がどうのという作品じゃないけど、セツ祖母さんを撮っている水沼に愛情があるのが伝わってくる、いい作品だ。
海がきこえるⅡ アイがあるから
杜崎がまた津村に巻き込まれる
その撮影会を見た帰りに津村にばったり会う。
そして無理やりイラストレーターの個展に誘われる。そこには津村の本命の男性大沢とその奥さんがいた
大沢が津村に感じていること↓
「このコはこれまでの人生で、なんの挫折もなくて、美しさとか才能とか、いろんなことに恵まれてて、この先もそうだといい、辛いことがこのコを襲わないといいな、いつまでも女王さまみたいに驕って昂って、幸せだといいなって、祈りたいような、守りたいような気持ちになったんだって。ねえ、そんな男の気持ち、わかる?」
海がきこえるⅡ アイがあるから
津村の感情はそこで崩壊。
相手の大沢はいい人だった。杜崎自身も感情のやり場に困る。
物語の終盤
物語の終盤で大きな展開が起こります。
ここまで書いてあまり意味ないですがここだけ省略しておきます。
どうして里伽子が美香に対して意地悪をしていたのか、津村に対しても辛辣だったのか。そういうのがわかりました。
「あの食事の後、パパから電話があって、美香さんが妊娠してるの聞かされて…パパはすっかり美香さんの味方で、わがままもいいかげんにしろって、子どもができると、そうなるよねって思って…ママや貢は高知だし、あたしはいよいよ一人になるんだなって、思って…」
最後はとてもほっこりと物語が終わります。
里伽子は杜崎の家で一緒に水沼の作品を観て二人して涙します。水沼グッジョブ!
「海がきこえるⅡ アイがあるから」の解説と考察
この作品はおそらく小説が書かれた90年代を舞台にしていると思います。
僕は思いっきり青春時代が年代とリンクしているので気持ちが入りやすかったです。特に古い描写みたいなものはないので、その点は問題ないとは思いますが、舞台としてはおそらく90年代くらいになるかと。インターネットもスマホも出てきませんしね。
1作目で里伽子に振り回されまくった主人公の杜崎。
続編の今作では里伽子に加えて津村知佐にも振り回されます。
今回はそれぞれの親だったり、恋人も絡んでいて、巻き込まれたという感じでしょうか。
美人の二人に巻き込まれるのは羨ましいような、そうでもないような難しいところ。
人の感情ってなんでこうもややこしくて、面倒なんだろう。
それでもなんとか杜崎は、里伽子と知佐に対して力になれないかと頑張っていた。泣ける。
里伽子や知佐に比べれば、主人公の杜崎は普通の大学生という印象がある。そして、何に対しても無感動で興味がなさそうにも感じました。
杜崎は大学で香山教授のゼミを受講していて、須貝という同級生の「須貝企画」班に所属する。版画家の人生をドキュメンタリー映像にするという企画に触れるも興味が薄い。大学で専攻していることですら興味がないというのはなかなかのもの。
ファッションに興味もなく、強いて言うなら、高知の海が好きなことだけはわかる。
こんな無感動な人間だからこそ、好きな女性に見せる感情の昂りが、物語を面白くさせているんだろうなあと思ったり。
今回読んだ新装版では最後に斜線堂有紀さん(若い作家の方です)の解説があります。ここに分かりやすく解説があるので、こちらを読んでもらうのがベストですが、ひとまず僕の解説としては上記のような感じになります。
「海がきこえるⅡ アイがあるから」の個人的な感想
この小説を読んで一番感じたのは「誰かのために一生懸命になったことがほとんどないな」ということ。
僕は人間関係というか、人同士の感情のぶつけ合いだったり、例えばプレゼントをあげたり・もらったり、というのがすごく苦手です。単純にメンタル面が弱いんだろうなあ。嬉しいことですら素直に喜べず気恥ずかしくて避けてきた。誰かの誕生日を祝うことを進んでしたことはないし、自身の誕生日を祝ってもらった経験ですら一度もない。これはおそらく多くの人が寂しい人生だと思うでしょうね。
友人や会社仲間と遊んだり(多くはないけど)というのはありますが、人生のほとんどはだいたい一人。孤独ではあるけれどその分、人間関係に悩むことはなく気持ちとしては楽という道を選んできました。
「海がきこえるⅡ アイがあるから」では終盤に主人公の杜崎が里伽子のために激怒するシーンがあります。怒りすぎて地元の方言が出るくらいに。
誰かのために方言が出るくらいに怒ることは、庇ってもらった側はその行為自体はあまり良い感じではないけど、きっと心の底では嬉しいでしょうね。
僕も一度同じような経験があって(自分が侮辱されて怒っただけ)、大学生の時に同級生に対して怒鳴ったことがありました。その時に地元の愛媛弁が思いっきり出て、後で恥ずかしかった。杜崎と同じく、人間本当に怒ると方言が出るんだなとその時に思いました。
ちょっと話が脱線しましたが、この物語では水沼の映画にはアイがあり、杜崎も田坂も交際相手にアイがあった。誰かをアイすることはやっぱりいいよなあ。
僕は人を避けてきた分、多少平穏ではあるかもしれないけど、自分では想像もできなかった喜びや悲しみは経験できなかった。なんてことをこの小説を読みながらつくづくと思いました。
1作目の「海がきこえる」はアニメ映画で有名で知っている方が多いと思いますが、小説の続編を知っている方は少ないと思います。続編も名作なので、気になった方はチェックしてみてください。
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