平野啓一郎さんの小説「ある男」の感想・解説・考察。

この小説はKindle Unlimited(キンドルアンリミテッド)で読みました。
読売文学賞受賞作品。
2022年に実写映画化された話題作のようです。

ネタバレはほぼしていないと思いますが、内容をある程度書いていますのでご注意ください。
小説「ある男」のざっくりあらすじ
著者の平野啓一郎さんがバーでたまたま出会った弁護士の話をフィクションに仕立てた物語。
その弁護士の城戸が主人公。
ある日、里枝から7年ぶりに連絡が来る。城戸は過去に里枝から離婚調停の代理人の仕事を依頼され引き受けていた。
「再婚した夫が亡くなった。しかし、その夫は別人だった」という不思議な相談をされる。
夫の兄が一周忌で里枝の家に訪れた際に、遺影の人物が全くの他人だったことで発覚。(夫は実家の家族と不仲なので死んでも連絡しないでほしい、と言われていたが1年後のタイミングで連絡した)
亡くなった夫は一体誰なのか?
城戸はその不思議な話が気になり、亡くなった夫をXと名づけ行方を追う。
この小説はミステリー小説ですが、城戸が在日の三世という出自もあり「自己の証明」に関するテーマも盛り込まれています。
里枝が不幸続きなこと、城戸が妻とうまくいっていないこと、Xを追うに連れ登場する人物たちの暗い過去の多いこと。
読んでいると気持ちが沈んできましたが、物語の根底には愛情があり、最後は感動で読み終えました。
小説「ある男」の解説と考察
小説「ある男」はXが戸籍を他の人物と交換する話なんですが、戸籍交換も1度ではなく、話が少しややこしい。
僕自身この感想書くにあたって再度読み返してやっと理解できた点も多いです。正直なところ、この感想を書くのにもかなり時間を要しています ^^;
カテゴライズを嫌う
主人公の弁護士城戸は在日三世だが生まれた頃から日本に住んでいる。両親と共に高校時代に帰化している。そのため、在日と言われてもピンと来ないが、在日という言葉は常に気にしている。
関東大震災の時に朝鮮人が多く虐殺された事件があったらしい。スパイと思われたのか震災後のナショナリズムの高揚によるものという説も。
この関東大震災の話もそうですし、至る所で登場する在日に対するヘイトスピーチに敏感にならざるを得ない城戸。
城戸は人を簡単に何かに当てはめるのを嫌っている。「在日だから何々」「男だから何々」「弁護士だから何々」などなど。
スティグマという言葉も出てきて、どこかで聞いたことある言葉ではありましたが、この小説を読んで意味を知りました。スティグマは「ネガティブなレッテルを貼られること」のような意味合いらしいです。城戸は始終、何かにカテゴライズされることを嫌っていました。
これは今回の小説の主題とは少し違った角度の話かと思いましたが、改めて考えてみると「出自でその人を判断してはいけない、その人を知る材料とはなり得ない」という点を強調したかったのかも知れません。
真の悲観主義者は明るい
城戸は谷口大佑(Xが名乗っていた人物)を最初の手がかりとして追います。
谷口大佑と学生時代に付き合っていた「後藤美涼」を訪ねる。
美人で聡明な美涼に城戸は惚れてしまい、美涼も城戸を好きなそぶりを見せつつも、城戸はその誘惑から逃れなんとか持ち堪えます ^^; こう書くとなんだか笑ってしまいますが、割と危うかった。
美涼との会話の中で人生訓みたいなものが出てきて、これが良かったので引用します。
ある男
「ううん、三勝四敗でいいんです。わたし、こう見えても、ものすごい悲観主義者なんです。真の悲観主義者は明るい!っていうのが、わたしの持論なんです。そもそも、良いことを全然期待してないから、ちょっと良いことがあるだけで、すごく嬉しいんですよ。」
その話にこう答える城戸。
ある男
「今の世の中は、一敗でもすると、他の三勝は帳消しにされてしまうようなところがありますからね。」
真の悲観主義者は明るい。そうであってほしい。
林業はやっぱり危険
谷口大佑に成りすましていたXは大阪に住んでいたが、2007年に宮崎県の田舎町に引っ越す。
林業で生計を立てたい思いで宮崎にやってきた。
そこで里枝と出会い結婚するんですが、2011年の震災の年に仕事中に亡くなります。
明確に死因が書かれていなかった気がしますが、城戸が会社の社長と話すシーンがあり、おそらく倒木が死因だったと思われます。
ある男
林業は労災が多い。100人に3人の割合。伐採だけでなく機械が崖から落ちたり蛇とかスズメバチとか。木の倒れる方向はベテランでも読めないところがある。
僕も地元に帰って仕事を探していた時に林業の仕事は給料が良くて、気になる職種でした。調べてみると圧倒的に他の業種より死亡率が高い職業ということを知りました。
本編の内容とほとんど関係ないですが、改めてなるほどなあ。
愛は変化しても継続できるのか?
城戸には小学生の息子「颯太」がいる。ある日、颯太から自分が偽物と入れ替わったらどうやって見分けるか?という疑問を投げかけられる。
思い出を話し合うことで見分けることができると答えた。
そこで改めて気づく。
ある男
人はなるほど、「おもいで」によって自分自身となる。ならば、他人の「おもいで」を所有しさえすれば、他人となることが出来るのではあるまいか。
事件を追い、様々な人物との対話の中である一つ答えに辿り着く。
ある男
「愛こそ、変化し続けても同じ一つの愛なのかもしれません。変化するからこそ、持続できるのか。」
まとめ
小説「ある男」は、出自の不遇な人物が戸籍交換を仲介したブローカーから戸籍を交換し、新しい自分の人生を生きる、という物語です。(メインのテーマはそこではないですが)
Xと戸籍を交換した人物は「割と馴染んでくる」という話をしていたのが印象的。
弁護士の城戸自身もバーで他の人に成りますことで高揚感を得ていたので(著者と会った際にも成りすましをしていた)、過去の自分を無かったものにして、新しく生きるというのは新鮮で気持ちのいいものなのかも知れませんね。
全体的に重苦しいストーリーですが、城戸や里枝の子供たちの話を読んでいると「愛情って素晴らしい」と思わざるを得ない物語でした。
実写の映画も見る予定です。キャストを調べてみましたが、小説にはない登場人物もいるので、もしかすると物語展開が違う部分もあるかも知れません。
映画を見終わったら改めて追記してみたいと思います。
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