伊坂幸太郎さんの小説「逆ソクラテス」の感想・解説・考察。
この作品はAudible(オーディブル)で聴きました。
Audibleのナレーションは松本健太さん。最初はナレーションに違和感を感じましたが、途中でその理由がわかりました。この小説の主人公は小学生なので小学生が語るようなナレーションになっていたようです。聴いているうちに馴染んできてとてもいいナレーションでした。
短編が5編入った短編集で、主人公は全て小学生。
この作品は2021年本屋大賞第4位、柴田錬三郎賞を受賞しています。

近年読んだ伊坂さんの小説の中だと一番好きかも。
小説「逆ソクラテス」のあらすじと感想
「逆ソクラテス」の5編の短編について簡単なあらすじと感想を書きます。
内容をある程度書いているのでネタバレ気味ではあります。ご注意ください。
逆ソクラテス
小学6年生「加賀」が主人公。
担任の久留米先生は長身でがっちりした体型のイケメン。常に自分が正しいと思っていて、先入観によるきめつけをしがち。
東北地方から引っ越してきたクラスメイトの安斎は、ちょっと変わった人物。頭が切れ、目上の人に対しても自分の主張をきちんとする。
久留米先生によって「ダメなやつ」とレッテル貼されたクラスメイトの草壁を助けるため、そして何より、久留米先生の考えを改めさせるために、安斎はさまざまな作戦を仕掛ける。(小学生なのに先生を改心させようとするなんて)
ソクラテスの「無知の知」。自分は何も知らないということを知っている、の逆バージョンの久留米先生を改心させる作戦はうまくいくのか!?
「先入観による見誤り、自分の考えに間違いがあることを疑いすらしないことの危険性」について、久留米先生を反面教師にした物語。教師だけに。
最後は少し寂しい感じの終わり方です。
スロウではない
主人公「つかさ」は大人になってから小学校5年生の頃の担任だった磯憲(いそけん)先生に会う。
つかさは小学生当時に疑問だったことを磯憲に聞く。小学生時代の回想と現在の話が交互に展開する物語。先生もよく覚えてるよなあ。
当時の親友であった悠太とは嫌なことがあると「ドン・コルレオーネごっこ」をしていた。
つかさは悩み事を言う役で、悠太は映画「ゴッドファーザー」のドン・コルレオーネになりきる。
悠太は悩み事を聞き、最後にはお馴染みのセリフ「そうか、ならば、よし、消せ」で締めくくる。この遊びはインパクトがあって良かった。ゴッドファーザー見ていませんが面白そう。
二人は運動会のリレー選手にくじ引きで選ばれる。他のメンバーは運動が苦手な村田花と、転校生の高城かれんがいた。4人はなんとか勝つために、走るフォームの改善などを試みる。
クラスの番長的な存在の渋谷亜矢は高城かれんに嫌がらせをするが、意外なことで決着が付く。
「威張ることは取り返しがつかない事態を招く」という教訓を感じる内容に。
主人公のつかさはその後沖縄に転校してしまい、リレー仲間だった3人とは連絡が途切れた。
磯憲からは3人の近況を聞き、つかさは思わず涙をこぼす。
この話はとてもいい話で5つの短編の中では一番好きです。
非オプティマス
小学五年生の翔太が主人公。
都内から引っ越してきた安井福生(ふくお)はいつも同じ服を着ていた。安い服!?貧乏なのか!?
福生はトランスフォーマーのオプティマスプライムが好きっぽい。トランスフォーマーは僕が子供の頃にも流行っていたけれど、オプティマスプライムは知らなかった。調べてみるとなんのことはなく、コンボイ司令官のことだった(日本名がコンボイ?)。コンボイの超合金のおもちゃ持ってたなあ。
担任の久保先生は新人教師でうらなり(顔色が青白く、健康でない、ひょろっとしていた)。頼りなさそうな雰囲気で保護者からも不安がられていた。
クラスメイトの一人、ナイト(オーディブルで聞いているので漢字がわからず。そんな名前あるのか?笑)は親が有名企業の社長(そんな感じの偉い人だったと思いますが、曖昧な記憶ですいません)でいつも偉そうだった。
ナイトはクラスメイトと連携して、久保先生に様々な嫌がらせをする。
実は久保先生も、そしてなんと福生までもが世を忍ぶ仮の姿、つまりオプティマスプライムだった。(でもタイトルが非オプティマスだから真逆に読み違えている気もします ^^;)
この短編では「人を見た目で決めつけない」「人によって態度を変えない」「評判が人を助ける」というテーマが込められていました。
大人になってからの社会は複雑で、貧乏そうな見た目の人が実は超お金持ちだったり、威張り散らかしてコケにしていた相手が実は子供の命の恩人だったり。ある日突然立場が逆転することもあるから、大人の社会は難しい。
アンスポーツマンライク
主人公は小学6年の歩(あゆむ)。
ミニバスケをしていた。メンバーは歩、センターの剛央(たけお)、小柄な匠(たくみ)、センスのある駿介(しゅんすけ)、三津桜(みつお)。コーチは2話目でも登場した磯憲。全然関係ないですがミニバスって3ポイントシュートないのね。
小学生最後の試合では駿介のファールで負けてしまう。
小学校を卒業して5年後、5人は会うことに。みんなバラバラになり、バスケットを続けているのは剛央だけだった。コーチだった磯憲に会いに行くと、重めの病気にかかっていた。そこで当時聞けなかった自分達の話を磯憲から聞く。
帰りに公園でナイフを持った通り魔に襲われる。だが5人の息の合った連携で無事取り押さえる。お手柄高校生としてニュースにもなった。
さらにそれから6年後、歩は三津桜と話す機会があった。
駿介は大学でバスケを再開し、YouTubeで動画を投稿しているらしい。剛央は小学生にバスケを教えている。三津桜は会社を立ち上げ、小柄だった匠は身長が伸びイケメンに。医学部生をやっている。主人公の歩は公務員になっていた。
剛央が教えている小学校で駿介を呼び(YouTubeではかなり人気者で有名人になっていた)、バスケを教えてもらう予定だったが、6年前の通り魔が再び小学校の体育館に復讐にやってくる。
みたいな物語です。
駿介はバスケの才能があったがコーチの教え方が合わずバスケから遠ざかっていた。剛央の先輩コーチは威圧的で恐喝をするような指導方法だった。おそらく駿介のコーチも似たような指導方法だったのかな?
「攻撃的な口調と暴力を含む教育」に対するアンチがテーマっぽいです。
他の物語もそうですが、小学生時代と大人になってからの話が両方あるパターンが多い。小学生の頃に感じた正しいこと、道徳、教育は大人になってみると、果たして正しかったのか?その確認の意味合いも込めて大人になってからの物語もあるのかも知れません。
逆ワシントン
主人公は小学生の謙介(けんすけ)。
友人の倫彦(としひこ)と一緒に、体調不良で休んでいたクラスメイトの靖の家にプリントを届けに行く。
靖の父親がいて何故か慌てた様子。靖とも会わせてくれなかった。靖の現在の父は母の再婚相手で靖とは血がつながっていない。
主人公と倫彦は虐待をしているのではないか?と怪しむ。
二人はなんとか靖の家に忍び込もうと考えたがなかなか難しい。ゲームセンターのクレーンゲームでドローンをゲットすることを思いつく。ドローンを使って家を覗き見る作戦。
果たしてドローン作戦はうまくいくのか?靖は無事なのか?という物語です。
放課後にクレーンゲームをしたり、友人の家に忍び込むことを考えたり、小学生の頃ってほんと楽しいわなあ。
謙介の母親はワシントン(アメリカの大統領の)が大好きで、学校の授業参観で一人ワシントンの演説をしたという伝説を持っている。
特にワシントンが桜の木を切って親に問い詰められ、正直に謝るエピソードが大好き。ただ、クラスメイトの教授(あだ名?めちゃ博識)の話では、その話は創作でそもそもアメリカには桜がない、という身も蓋もない説明を受け、謙介ガックリ。
この物語は「正直者、真面目な人は救われる」というテーマが込められています。
とは言え、現実問題はなかなかそうは行かず。でも、それでも、そうあって欲しい。
まとめ
最後に著者のあとがきがあります。
伊坂幸太郎さんの担任の名前が磯崎先生だったようです。磯憲のモチーフ。6年前に一度会って色々と話をしたらしい。
小学生が主人公の物語は書くのが難しかったとも書いていました。
幼稚にならず、児童文学にならず、確かにバランスが難しそう。この短編集は子供が主人公ですが内容は大人にも向けたものだと感じます。
夢想家とリアリストのせめぎあい。
伊坂さんの小説はとんでもない夢想家が、悪党にギャフンと言わせる勧善懲悪スタイルが魅力です。
でも、現実世界では青臭い言葉や夢を語る人たちは劣勢というか、むしろ、白い目で見られるムードすらあります。
いつものスタイルで行くならば、自分の信じた理想が圧倒的勝利を収めるんですが、この作品はそのあたりバランスが取れています。やりすぎず、かと言って必ずしもハッピーエンドでない感じ。
この作品は伊坂さん一つの成果として満足していると書いていて、僕も近年の伊坂さんの小説の中ではかなり好きな作品でした。
伊坂さんの小説はたくさんあり、昔から小説を読んでいる身としては、なんとなくストーリーのパターンが先読みできる感じはありました。そういうのを避けるために、ここ10年以上はさまざまな物語を書いているのかも。
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