久坂部羊さんの小説「介護士K」の感想・解説・考察を書きます。
初版は2018年11月。
この小説はKindle Unlimited(キンドルアンリミテッド)で読みました。
老化と介護。生きていると避けては通れない問題ですが、それにしても読んでいる最中、読んだ後、非常に気持ちが落ち込みました ^^;
小説「介護士K」のあらすじ
※ネタバレ気味なので、これから読もうと考えている方はご注意ください。
介護施設「アミカル蒲田」で84歳の女性入居者が転落死した。
4階からの転落の場合、首の骨を折ることは少ない。怖いので足から落ちることが多く、高さがある場合は頭の方が重いので下向きになることはあるが…。誰かに投げ落とされた?
そう疑問に感じたルポライターの朝倉美和は、友人の編集者南木京子と共に、アミカル蒲田に取材に行く。(美和は高齢者の虐待のルポと、安楽死をテーマに記事を書いている)
亡くなった女性の第一発見者は介護士の小柳恭平。勤めてまだ八ヶ月の21歳。若くてルックスがよく施設でもマスコット的な存在らしい。お金を貯めて大学に通い、医者になるのが目標。
女性入居者が亡くなった時間は、恭平にはアリバイがあり、犯行は不可能だった。
美和は後日、アミカル蒲田で働く他の介護士にも取材をしていく。
恭平には別の一面があった。嘘泣きが得意で虚言癖があるらしい。
相手が自分の嘘をそのまま信じるのはおもしろい。その人間を虚偽の世界で操っている気がするからだ。
介護士K
また、恭平は同じ職場の職員を脅していたらしい。
その後、アミカル蒲田では入居者の不審な死が立て続けに起きる。
みたいな物語です。
介護問題をモチーフにしたミステリー小説。
2016年に障害者施設で19人の大量殺人事件がありましたが、その犯行をした植松聖に似た人物が、物語の中盤あたりで登場します。その人物はルックスも思想も植松に似ていて、著者はこの事件に着想を得て今回の小説を書いたとあとがきで書いていました。
正義感は人一倍強いが、虚言癖を持つ小柳恭平。ルポライターの美和は恭平を応援しながらも、並行して疑いも持っている。最後には恭平の自供を導き出し、事件は解決。と思いきや…。
最後は結局どうなったのか、読者に想像をゆだねる形で終わっています。
著者の考えを代弁するかのような黒原医師
この小説は介護士の仕事の在り方、高齢者の生き方、尊厳死をテーマにしているようです。
著者は終末医療などにも関わっていた医者でもあるので、リアルな現場を知っていて物語に説得力があります。
介護士は地位も低く給料も安い。一方、専門性の高い仕事で、知識と経験が必要。忍耐力、親切心、判断力も求められる。望ましい介護を実現するには優秀な人材の確保が必要。
しかし小説中では「でも介護業界はこれでいい。人が集まらなくていい。介護は何も生み出さんから。」という意見も。
アミカルでは、仕事の流れを規定した「業務フロー」があり、これが職員を精神的に圧迫したとされる。十五分ごとに介護の手順が決められていて、入居者が思い通りに動いてくれないと、介護士は時間に追われ、つい業務を強行しかねない。夜勤は特に過酷(中略)
介護士K
そんな状況でも、怒らず、焦らず、ニッコリ笑って介護するなど、釈迦やキリストならいざ知らず、ふつうの人間にできるものだろうか。
「新聞に出ていたが、介護職員の八割以上が勤務に不安と不満を抱えているらしい。夜勤で生活のリズムが乱れて、うつ病や不眠症になる者も少なくない。なぜそんなことになるかわかるか。長生きする者が多すぎるからだ。介護は有限な資源なんだ。今の日本に三千万人を超える高齢者を介護するだけの実力はない」
アミカルで訪問診療をしている黒原悟郎という医師。黒原の補助は恭平がしている。
恭平は医者志望でもあるので、黒原によく質問していた。
「医学部を目指しているのなら、教えておいてやろう。何科の医者になっても、患者の命を救って喜ばれるとか、病気を治して感謝されるとか、そんなおめでたいことを考えていたら大変な目に遭うぞ。医者というのは、必然的に患者を死なせる仕事だからな」〜中略〜
「はじめからベテランの医者はいないということだ。どの医者にも未熟な期間がある。そのときに患者を死なせるんだ。むろん、わざとではない。〜中略〜
医療にはやってみないとわからない側面があるから、どんなベテランでもうまくいかないことがある」
長生きと言っても、健康で長生きであればいいけれど、病気をしながらの長生きは地獄。
「老人の死は不幸じゃないんだ。七十四歳なんてのは理想の死に時だぞ。これから待ち受けていることを考えてみろ。老いて衰えて、ダメになっていく自分を受け止めなきゃならん。トイレにも行けなくなって、オシメや管の世話になる。食事も満足にできず、味もわからず、目も見えない。耳も遠くなる、風呂にもひとりで入れない。そんな状態で死なずにいてもつらいだけだろう」
「小柳。いいことを教えてやろう。俺が別の施設で診ている九十二歳の女性がな、この前、息も絶え絶えにこう言ったよ。先生、わたし、若いとき、しっかり歩いたら、長生きできると聞いて、毎朝、早足で、散歩したんですけど、あれが悪かったんですかねぇ、とな。その患者は肺気腫で、息をするのも苦しいんだ。彼女は今、心の底から長生きを悔やんでいる」
「長生きがいいと思っているのは、まだ長生きしていない人間だけだ。実際に長生きをしてる人に聞いてみろ。何かいいことがありますかって。全員が口をそろえて言うぞ。長生きしていいことなんかひとつもないとな」
「ここは低料金だからよけいかもしれませんが、入居者は悲惨です。手のかからない人は談話エリアに集めて、毎日、時代劇のビデオを流しっぱなしにしているんです。言い方は悪いですが、老人牧場ですよ。みんな虚な顔でうなだれて、ただ死ぬのを待っているんです」
サイコパスさも見せる小柳。
「だから、長生きで苦しんでいる人は、早く死なせてあげたほうがいいと思うんです。でも人為的に死なせるのは、ちょっと問題があるような気がして」「ちょっとじゃない。大いに問題だ」黒原が失笑する。
介護のような面倒なことは他人に任せて、見たくないものに蓋をする。でもまあそれが人間だもんなあ。
「浅はかなんだよ。たいていの人間は、見たくない現実から目を逸らして、きれいな側面しか見たがらない。おいしい肉を食べるとき、牛を殺す場面を思い浮かべるか。ペットはかわいがるが、食肉用の牛や豚には一顧だにしないだろう」
手厚い介護は必要ないのかも?
「おもしろいことを教えてやろう。行動心理学の研究者が行った調査で、大災害のあと、心のケアの手厚かった地区と、手薄だった地区で被災者の精神面での立ち直りを調べたんだ。そしたらケアの手厚かった地区のほうが、立ち直りが遅いという結果が出た。ふつう逆だと思うだろう。しかし、手厚いケアをすると、ますますそれに甘える人間が出てくるんだ」
「じゃあ、ケアをしないほうがいいということですか」
「心のケアは必要だ。しかし、それはあくまで立ち直りを促すものでなければならない。優しさは、すぐ甘やかしにすり替わる。ケアする人間が、自分の優しさに酔うからな」
介護に関する本を色々と読んでみて
親が高齢なので近年は介護に関することも気になって、何冊か本を読みました。
同じ著者の「人はどう死ぬのか」
この本は小説ではなく新書です。ノンフィクションで著者の介護や死について考え方が書かれています。
この本を読んだ後に今回の小説を読んだので、なんとなく全体的な内容は予測ができました。
詳しくは過去の記事で書いています↓
宇多川ちひろさん著「誰も書かなかった介護現場の実態」
この本は著者が介護職を10年やってみての実体験が書かれています。
やはりどちらの著者も介護について似たような意見を持っていると感じました。
自分が介護を受けるようになったり、大きな病気になったら、早めに諦めて死を受け入れる可能性が高いなあ。
健康のために長生きのために日々やっているウォーキングも、案外良くないのかもしれない。
「太く短く生きる」これが一番良さそう。
まとめ
親の介護をすることになった場合、心構えみたいなものが参考になりました。
体を自由に動かせず、ただ死を待つのみ、そんな人に周りの人が「もっと長生きしてほしい」と言うのはかなり酷なんだろうなと。
2025年には団塊の世代が後期高齢者に突入する年らしいです。
介護に関する問題もこれからかなり増えそうですし、おそらく税金もさらに増やさざるを得なくなりそう。
読みながらめちゃテンション下がりました ^^;
それとは別に、介護だけに限らず、自身の死生観を考えるのに良い一冊だと思いました。
本のサブスクKindle Unlimited初月無料でおすすめです。
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