村上春樹さんの小説「スプートニクの恋人」の感想・解説・考察を書きます。
初版は1999年4月発行。オーディブル版は2024年9月配信開始。
文庫本で4回くらい読んでいますが、今回はオーディブル版を聴いてみての感想です。
ナレーションは宮崎あおいさん。自然な声でとても聞きやすいナレーションでした。
この記事では物語の内容を書いているのでネタバレしています。これから読もうと考えている方はご注意ください。
「スプートニクの恋人」は村上春樹さんの作品の中でも特に好き。
「スプートニクの恋人」の登場人物
スプートニクの恋人の登場人物は主に3人。
- ぼく(主人公)…24歳。小学校の教師。すみれに恋をしている。
- すみれ…22歳。小説家を目指す。時々アルバイトをしている。主人公とは大学時代からの友人。
- ミュウ…39歳。父の会社を受け継ぐ。ワインの輸入業がメイン。すみれと出会い、その後、社員として雇う。
他にすみれの父と母、ミュウの父。主人公の不倫相手、その子供などが脇役として登場します。
村上春樹ワールドを凝縮した作品
主人公が性にだらしない
主人公の「ぼく」はすみれに恋をしているが、すみれは性欲が全くない女性だった。主人公もすみれが自分に対して恋心を抱いておらず性欲も感じていないのはわかっていた。
その反動なのか大学時代から他の何人かの女性と肉体関係を持っていた。
そのことをすみれに話し、呆れられてもいた。
大学を卒業して小学教師になってからは自身の生徒の親と不倫をしている。
村上さんの小説に登場する主人公は性にだらしがない人が多いんですが、この作品でもやはりその傾向があるようです。
個人的にはこの部分は現実社会でもよくあると思っていてリアルに感じるんですが、こういうのが嫌いな人も多いと思います。この部分が村上春樹作品が嫌われている理由の一つかも知れません。
パラレルワールドが登場
村上さんの小説ではこちらの現実世界と、あちらの世界、2つの世界で物語を展開することが多い。
あちらの世界というのは、似たような並行世界(パラレルワールド)だったり、全く別の世界だったり。
そして、あちらの世界に行く手段として性行為をする、というのもおなじみのパターン。
この作品ではミュウが過去にあちらの世界に行ってしまいます。(正確にはもう一人のミュウが)
14年前のある出来事によってミュウは1日で髪の毛が全て真っ白に。性欲が全くなくなり、性欲を持ったもう一人の自分があちらの世界に行ってしまう。
そして、この物語の中盤以降に、すみれが姿を消します。消息不明になったというよりは厳密に言うとあちらの世界に行ってしまったらしい。ミュウとすみれが肉体関係を持った事によって(実際にはうまくいかなかったが)別世界への扉が開いた。(肉体関係を持つことによってあちらの世界に行けた、というのは僕の想像です)
小説「スプートニクの恋人」で好きなところ
スプートニクの意味
スプートニクは旧ソ連が打ち上げた世界初の有人衛星の名前。
ライカという名前の犬を乗せて地球軌道を周回したらしい。
スプートニクの恋人の意味について。
主人公とすみれは読書が趣味で、二人でよく本の話をしている。その中でアメリカの小説家ジャック・ケルアックの話が出てきた。
すみれがミュウと初めて出会った時(それは従兄弟の結婚式で)、ジャック・ケルアックの話をした。ミュウはほとんど本を読まなかったが、ジャック・ケルアックと聞いて「スプートニクだっけ?」と質問をする。ケルアックが活躍した頃の文学の流れの一つに「ビートニク」という言葉あり、それをスプートニクと間違えていた。
それ以降、すみれはミュウのことを「スプートニクの恋人」と呼んでいる。この呼び名はすみれと主人公しか知らない。
ミュウはすみれをこの最初の出会いの場で自身の会社で働かないか?と勧誘した。
ミュウは海外に行って仕事をすることが多く、実際にすみれを連れて一緒に仕事をすることになる。
スプートニクという言葉には「トラベリングコンパニオン、つまり、旅の連れ」という意味があった。
何かの符号のような言葉だった。
スプートニクの恋人というタイトルは洒落てていいですよね。どうしてこのタイトルになったのかは上記のような物語の流れがあるからだと思います。
ちなみに、ジャック・ケルアックの一文「誰しもいつかは山から降りてこなければいけない」もよかった。
中国の門
すみれが主人公に話した内容だったと思いますが(ちょっと自信なし)、中国の門の話が印象的でした。
中国の門には魂を込めているらしい。
戦争の死人を門の地中に埋めている。死者が守るという意味を込めて。
そして、犬の血を混ぜる。呪術的な洗礼が必要だった。
中国の門を思い浮かべると(僕が持つおぼろげなイメージですが)、しっかりと装飾がされていて大きくて立派なものが多いイメージがあります。建造物として立派というか。門に重要な意味を持たせているからこそ、ああも立派な門なんだなと。
ミュウの格言っぽいセリフ
ミュウはフランスからワインを輸入する仕事をしている。実際にフランスのブドウ農家と会って話をしたり、一緒に一定期間生活をしたりもしている。
ミュウの経験談をすみれに話すシーン。
どんなこともそうだけど、結局役に立つのは自分の体を動かし、自分のお金を払って覚えたことね。本から得た出来合いの知識ではなくて。
スプートニクの恋人
読書が好きなすみれに対して「本も悪くはないけど実体験も大事」と言っているのかな。
すみれが主人公に対して言ったセリフ
すみれのこのセリフがかわいい。
あなたって時々ものすごく優しくなるのね。クリスマスと夏休みと生まれたての子犬が一緒になったみたいに。
スプートニクの恋人
エッセイで書いていたことがこの小説でも
すみれが主人公に話した「木に登っていった子猫が帰ってこなかった」というエピソード。
これは村上春樹さんのエッセイ「猫を棄てる」でも書かれていました。村上さん自身の実話ですが、まさかスプートニクの恋人にこのエピソードが入っていたとは。「猫を棄てる」が2020年の作品なのでかなり時間を置いて知ることになりました。
個人的に最も好きな場面
学生の頃から本が友達の主人公。いつも一人で考えて結論を出して一人で行動をした。でも特に寂しいとは思わなかった。
人間というのは結局のところ一人で生きていくしかないものなんだと。しかし大学生の時にすみれと出会って違う考えに至る。
長い間一人でものを考えていると結局のところ一人分の考え方しかできなくなるんだ、ということが僕にもわかってきた。ひとりぼっちであるというのは時としてものすごく寂しいことなんだって思うようになった。一人ぼっちでいるというのは雨降りの夕方に大きな川の河口に立ってたくさんの水が海に流れ込んでいくのを眺めている気持ちだ。
スプートニクの恋人
この孤独の告白は、自身の生徒である「にんじん(あだ名)」に話をした時のセリフ。
「誰かを愛することで初めてそれまでの自分がいかに孤独だったことに気づいた」という告白。小学生のにんじんもそんな話をされて戸惑っていたと思うけど、この話を聞いて主人公を許してあげたのかも。
考察
スプートニクの恋人の考察。(と言ってもほとんど物語の中で解明されているので、あまり意味はないですが)
にんじんは不倫に気づいていた?
先ほども書いていましたが、主人公が担任をしている生徒の中に「にんじん(あだ名)」という子がいます。この子の母親と主人公は不倫をしている。
にんじんはスーパーで何度も万引きをしていて、主人公は警備員に呼び出される。
いつも教室で見るにんじんの顔とは全く別の顔をしていて全く喋らなかった。
万引きをするような生徒ではなかったのにどうして?
主人公と母親は気づいていなかったっぽいけれど、「にんじんは二人の関係を知っていて壊れてしまったのかも知れない」と、どうしてもそう想像してしまいます。
すみれは本当に帰ってきたのか?
物語中盤以降にすみれが突如として姿を消します。ミュウと仕事で行ったギリシャのロードス島で。
ミュウは困り果て、すみれからよく話を聞いていた主人公に助けを求める。
ちょうど夏休みで長く時間が取れそうということで、主人公もロードス島に行き捜索する。
なんだかんだで結局、物語の一番最後にすみれが帰ってきます。
この作品は通算5回目くらい読み直しています。今までは読み終わった後に「ハッピーエンドでよかった。こんなにわかりやすいハッピーエンドは村上春樹作品では珍しい」と喜んでいたんですが、今回改めてオーディブルで物語を聞いてみると、すみれが本当に帰ってきたのかどうかまでは描かれていないことに気づきました。
いつも深夜に話をしていた公衆電話からすみれの電話があり「帰ってきた」と言っていたけれど、実際には会ってはおらず、本当に帰ってきたのかどうかは不明のまま。
さすがにハッピーエンドだとは思いますがちょっと気になりました。ここは読者の想像に任せたのかも。
まとめ
「スプートニクの恋人」は読み終わってみると、主要な登場人物たちがみんな孤独でした。孤独な人たちの恋の物語、と言ってもいいかも。
主人公はすみれがいなくなってから、本当に心の底から愛している人がいなくなったと実感した。
すみれはミュウを愛しているが、その思いはミュウには受け止めることはできなかった。(その後、消息不明に)
ミュウはもう一人の自分があちらの世界に行ってからは、白髪になり「抜け殻のようだ」とすみれに話していた。その後のミュウは人を愛することができなくなった。旦那はいるが本当に愛すことはできていない。
主人公が自身の生徒の母と不倫をしていたが、この母親も孤独だった。若い頃はいつも誰かが自分に楽しい話をしてくれて、どこかに連れて行ってくれた。けれど歳をとり母親になった今、そういう人たちは主人公以外、誰もいなくなった。
登場人物の少ないこの小さな物語は、スプートニクという人工衛星の名前もあってか、急に遠方に視野が広がって、地球だけでなくどこかの惑星でも同じように起こっている小さな恋物語なのかもしれないと思ったりしました。
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