原浩さんのホラー小説「やまのめの六人」の感想・解説・考察。
この作品はKindle Unlimited(キンドルアンリミテッド)で読みました。Kindle Unlimitedは角川ホラー文庫が複数読めるのがありがたい。
6人の強盗と、奇妙で残酷な家族。そして「やまのめ」なる妖怪の存在。物語は謎が多いまま進み、全く先が読めず楽しめました。

海外のサイコホラー映画を見ているような感覚。
ホラー小説「やまのめの六人」の簡単なあらすじと感想
6人の強盗が大きなダイヤを盗み車で逃走する。暴風雨の中、山道を通る際に土砂崩れに遭い、車は大木によって大破。
嵐の中、道も塞がれ山の中で立ち往生する。
近くにある一軒家の住人が助けてくれるが、その家族が用意した麻酔薬の入ったコーヒーを飲み拘束される。
その家族は山道を通りかかる人を襲うとんでもない悪党だった。
悪党同士がお互いに殺し合い、どんどん人が亡くなっていきます。
「やまのめ」なる妖怪も登場し、強盗たちは自分達が最初5人だったことに気づく。いつの間にか1人増え6人になっていた。そしてその6人目は「やまのめ」ではないか?とお互いを疑い合う。
アタッシュケースに大事に保管していたダイヤはいつの間にか果物にすり替えられ、全員が疑心暗鬼に。
ミステリーと怪異の要素が強く、残酷なシーンは多少あるものの、ホラー要素はそこまで強くはないかも?
終盤まできちんと楽しめる面白い作品でした。
ホラー小説「やまのめの六人」の登場人物
この小説は登場人物の名前が章の名前になっていて、その人物の視点で物語が書かれています。
章ごとに視点が変わっていくこと、元々5人だった強盗たちが6人に増えていること、この二つが絡み合って登場人物を整理するのがなかなか難しい。この感想を書くにあたって再度読み直して理解した部分も多いです。
ということで簡単に登場人物について書いておこうと思います。
章の順番で書いていきます。
- 灰原…第一人称は僕。6人の強盗の中では一番まともそうな人物だがこの章で亡くなってしまい、自身についての描写もほぼないので謎が多い。
- 山吹…ダイヤの入ったアタッシュケースを保管・管理している。白髪まじりで6人の中では一番年上(50代くらい?)。強盗メンバーの武器の管理もしている。No.2的な存在。
- 紫垣…長身で体格がいい。粗暴で残忍。妻と娘に逃げられた過去を持つ。
- 白石…土砂崩れによる車の下敷きになり亡くなる最初の犠牲者。生真面目な性格で、元々は殉教者だったが、信心を捨て、欲望の赴くままに生きるようになった。
- 紺野…口髭を蓄える。口数が多く口が悪い。紫垣と同世代。土砂崩れに遭った場所は紺野の地元。道祖神の話などやたら詳しい。投資詐欺師。
- 緋村…強盗グループのリーダー。冷静で論理的。40過ぎ。
この時点で既に6人いるので、誰かが「やまのめ」なる妖怪の可能性がある。
山の中の屋敷の人物はこちら。
- 金崎一郎…金崎家の長男。背は低いががっちりした体型。30代。「おんめんさま」なる道祖神の信仰心が熱い。非常に残虐な性格の持ち主。
- 金崎二郎…次男。背が高くヒョロリとした痩せ型。同じく30代。顔や姿形は兄弟全然似ていない。残酷な性格。
- 金崎の母(名前不明)…母というよりは見た目は老婆くらいの年齢に見える。非常に素早い動きをしてまさに妖怪の山姥。人の死を喜ぶ。
登場人物に関してはもう少し詳しく書けますが、ネタバレしてしまうので、簡単にまとめてみました。
ホラー小説「やまのめの六人」で面白かったところ
阿比留文字
強盗グループのメンバーの一人、紺野のうんちくが面白かった。
土砂崩れによって道祖神(おんめんさま)の岩が車の近くに転がっていた。この岩には古代の文字が刻まれている。この文字が阿比留文字と呼ばれるものらしく、漢字が伝わる以前から使われていた神代文字。対馬の豪族に伝えられていた文字で、現代でも対馬には阿比留という名字が多いらしい。ハングルとの関連性もあるとかないとか。一応、ネットで調べてみるとこれはリアルに存在するようです。
ちなみに道祖神というのは路傍の神様。悪霊や疫病から人々を守る。とのこと。
どうして老婆は怖いのか
こちらも紺野のうんちく。
昔は老婆の存在は恐れられていた。
「古来、男は女を虐げてきた。女は弱く男にとっては踏み付けの対象だ。だが、女が力を得たらどうする?世の中の男たちは復讐される。長生きした女には、それを可能にする超常的な力が備わっているかもしれない。罪悪感がもたらす恐怖から、山姥は生まれたんだ」
爺ではなくなぜ婆なのか。昔は出産時の妊婦の死亡率が高かった。自然と老人は男よりも女の割合がずっと少なくなる。だからこそ、老婆は珍しく気味の悪い存在だった。山に住む老婆はやがて山姥と成り果てるのか?
やまのめとは?
再度、紺野のうんちく。やたら詳しい。
やまのめというのはこの地域特有の妖怪。
山に棲む妖怪は色々ある。「山姥」は人間を欺き殺して食べる婆。「やまこ」は女を攫う好食で邪悪な猿の妖怪。「山童(やまわろ)」はちょっとした悪戯をするだけで時々仕事を手伝ってくれる子供みたいな存在。「やまのめ」は目玉が現れて人間に紛れる。どんな害悪を為すのかは描かれていない。地元の民話を集めた古い書物に少し記載があるだけ。
やまのめはかなりローカルな妖怪らしい。
そもそも、やまのめとは金崎一郎が崇めている道祖神ではないのか?このあたりわかっておらず。
金崎一郎のありがたいお言葉
強盗グループを襲う残酷な変人、金崎一郎の言葉が身に染みました。
やまのめの六人
「適量とは、生きる上、万事について云える事柄だ。それは身の丈と言葉を換えてもいい。世の中には、己を知らず身の丈を知らず、万事傲慢で底知れぬ欲望を晒して恥じることもない輩が大勢いる。お前たちも強欲な人間だと聞いている。おんめんさまは決してお見逃しにならないぞ。私はそうした者たちへの報復をお許し頂いている」
麻酔薬の適量、成分の配分が難しいらしく、そこから広がった適量の話。
おんめんさま(やまのめ)への熱い信奉が怖い。
山吹の考察
やまのめに翻弄される6人。
やまのめは鏡のような存在で、やまのめを見た者は自身を見つめることになる。その時に、自身の欲望(自分でも気づいていなかった)が渦巻き、欲望のままに行動をしてしまう。
そこで、山吹は改めて考えてみた。
自分が人ではないと錯覚した途端、人間はなぜか安堵する。脆弱な倫理観など消え失せ、欲望のままに動くのだ。人を超越した存在ならば許されると思うものらしい。言い訳があれば、人はどんな卑怯な振る舞いも残虐な行いも平気で為す。その言い訳は時に宗教であり、権力であり、人種や生まれの違いだ。少し背中を押す理由があれば、正当化して恥じることがない。人間というのは実に恐ろしい生き物だ。
やまのめの六人
この文章を読んで「正義」という言葉の危険と似ていると感じました。正義の名のもとに道徳観は薄れ、犯罪行為を帳消しにする正当性を保持する。正義だからと。正義を盾に宗教活動も戦争も行ってきた歴史がある。だから、何かしら自分の中に正義を持ち声高に語り、押し付けるような行動する人はちょっと怖かったりする。
まとめ
今回の感想では「やまのめの六人」のネタバレはしていません。
終盤まで6人目の存在が分かりにくいですが、最後のオチまできちんと描かれているので納得できるとは思います。僕は2回読んで理解できましたが ^^; そういう意味合いで、理解できなかった方向けにネタバレ記事を書こうと思いましたが、さすがにちょっと気が引けてやっぱりやめました。
ちなみにこの作品は著者の原浩さんの第2作目の長編小説とのこと。
1作目の「火喰鳥を、喰う」も面白いです。
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