村上春樹さんの短編集「レキシントンの幽霊」の感想と考察。この作品はAudible(オーディブル)で聴きました。
初版は1999年10月。オーディブル版は2023年9月配信開始。
ナレーションは俳優の滝藤賢一さんと門脇麦さん。
ハードカバーの本を所有していますが、オーディブルを契約しているので改めて読んで(聴いて)みました。
オーディブルは村上春樹さんの小説やエッセイが、聴き放題で他にもたくさん聴けます。
表題の「レキシントンの幽霊」は村上春樹さん自身の心霊体験(実話)を綴った物語。ホラー小説好きの僕としては最高に興奮しました。
短編集「レキシントンの幽霊」はおすすめ
レキシントンの幽霊は面白いか、つまらないか、で言うと面白くておすすめです。
ナレーションは滝藤賢一さんが5つ、門脇麦さんが2つの短編を担当。二人で共演ではなくて、それぞれの短編ごとに担当しています。
滝藤さんのナレーションはめちゃくちゃうまい。安心して聴けました。他の作品もナレーションしてほしいくらい。
門脇麦さんのナレーションはめちゃくちゃ可愛い。声が可愛すぎる。
短編7つの簡単なあらすじと考察を書きます。ある程度内容を書いていますのでネタバレにご注意ください。(ネタバレまではいかないと思いますが)
レキシントンの幽霊
最初の短編は表題でもある「レキシントンの幽霊」。
この話はなんと村上春樹さん自身が体験した心霊現象を物語にしています。
村上春樹さんの文章は、物語の人物が見る世界を細かく描写しているのが特徴です。これを怖い話でされるとそりゃもう怖い。
アメリカに単身で住んでいた頃に、ケイシーと名乗る村上さんのファンから、是非会いたいという手紙が届く。
あまり気乗りはしなかったけれど、ジャズレコードの膨大なコレクションに惹かれて会うことになる。家も近かった。
招かれたそのレキシントンの家は3階建てで大きく、100年は経過しているような古い屋敷だった。
以降、時々ケイシーの家に行きジャズレコードを聞かせてもらう仲になる。
ある日、ケイシーがロンドンに一週間出張があり、他に頼める人がおらず、一週間留守番をしてくれないかと頼まれ、村上さんは引き受ける。
レキシントンの家に泊まった初日。深夜1時過ぎにふと目が覚める。
下の階で大勢の人たちが談笑し、時にはダンスをしているかのような物音、それから音楽が聞こえる。
さまざまな想像を巡らせながら、階下に降り、そのパーティー(?)をしている部屋の扉の前まで行く。
扉の前で躊躇して、あることに気づく。これは夢ではなく現実で、そしてこの扉の先にいるのは幽霊なのだと。
この話は村上春樹さん自身、割と最近の出来事なのに随分遠い昔のことのように感じていると書いていました。
夢なのか現実なのか、遠い昔のおとぎ話のような不思議な話でした。
緑色の獣
既婚の女性が主人公。
門脇麦さんのナレーションがとにかく可愛い。
ある日、女性が一人で家にいる時に、緑色の獣がやってきてドアをノックする。(主人公がどうして緑の獣とわかるのかは不明)
ドアの外にいる緑の獣は主人公の頭の中に直接話しかけてくる。
緑の獣は主人公に好意を寄せていて、ずいぶん無理をして家まで辿り着き、ここまで来たらしい。
緑の獣と主人公、どちらも不思議な二人の物語。
童話や絵本にありそうな話ですが、何を伝えたいのか理解が難しかったなあ。そもそも、そんなものは無いのかも知れません。
アライグマが綿菓子を洗って溶けてしまって綿菓子を探す動画がありますが、なぜかそのイメージを思い浮かべました。
不思議で切ない物語。
沈黙
大沢という仕事仲間と空港のレストランで会話をする主人公。
おそらく待ち時間だと思うけれど、そこで長い間大沢の話を聞く。
大沢がボクシングを長くやっているのを知っていたので「人を殴ったことをあるか?」と軽い気持ちで聞いてみた。
中学の頃に一度だけ同級生を殴ったことがあり、その独白が続く。
殴られた青木という同級生は、頭が良く人気があり、生きていくための処世術を身につけている。大沢はその青木を心底嫌っている。青木は中身が空っぽで、自分をどう見られたいかだけを気にする人物だということを見破っていたから。
村上春樹さんの作品で「ねじまき鳥クロニクル」という長編小説がありますが、その小説に登場する敵役のワタヤノボルを思い出しました。主人公が心底嫌うワタヤノボルに、この青木は似ています。
結局、その一度きりの暴力が原因で、大沢の人生は大きく変わることになります。
この物語を読んでいる間、中学や高校の頃を思い出しました。
なんともやるせない話でした。
僕がボクシング気に入った理由はそこに深みがあるからです。人はあらゆるものに勝つわけにはいかないんです。人はいつか必ず負けます。大事なのはその深みを理解することなのです。
レキシントンの幽霊
氷男
村上春樹さんの小説には羊男と呼ばれる架空のキャラクターが登場しますが、この短編で登場する氷男は人間に近い存在で羊男よりも現実味があります。
スキー場でスキーを全くせず、一人本を読み続ける「氷男」に恋をする主人公。
氷男は背が高く、髪の毛は硬そうで所々に氷がついている。そして手には霜がついている。それ以外はほとんど人間と変わらない。
20歳になり氷男と結婚する。両親や親族は猛反対したが(そりゃそうよね)そのまま押し切った。
親族と疎遠になり、元々独りが好きな主人公は友達付き合いも無くなり孤独を感じる。
氷男は冷凍倉庫で仕事をしている(仕事するんだ)。食事をほとんど必要としないし、寒さに強く、よく働くから給料も多めに貰っている。
主婦の主人公は毎日の単調な反復に耐えられなくなり、氷男と南極に旅行に行こうと提案する。
一緒に南極に行くがそこで待っていたものは…。
主人公が南極に着いた時に「南極は観光地ではなかった」と思うシーンがあります。ペンギンもおらずオーロラも見えない。灰色の空と極寒の土地。南極の生活きつそう。
この短編では過去・現在・未来の話がよく出てきます。
氷は過去を閉じ込め記憶する。氷に未来は無く現在しかない。そして氷は恐ろしく孤独な存在、らしい。
この話も童話のような不思議さがあり、そしてやっぱり孤独な物語でした。
トニー滝谷
トニー滝谷は村上春樹さんの短編の中でも一番好きな作品です。
著者の小説も短編も基本的にどこか孤独な話が多いのですが、このトニー滝谷は特に孤独です。
プロのジャズトロンボーン演奏者の父を持つ主人公トニー滝谷。
子供の頃から絵が上手で、学生時代にいくつも賞を受賞する。社会人になり、何の悩みもなく進路は決まりフリーのイラストレーターとして活躍する。
仕事は順調でお金も貯まり、さまざまな人から融資の話などを受けその通りにする。アパート経営なども含めてちょっとした資産家になる。
ある日、出版社から絵の原稿を取りに来た女性スタッフに恋をする。
うまく息すらできないくらいの恋に落ちる。
結局、結婚することになり幸せな生活が始まる。
それまで孤独を孤独と感じなかったトニー滝谷だったが、彼女と生活をすることで「今までの自分はなんと孤独だったんだろう」と実感する。
彼女はトニー滝谷にとって、ほぼ文句のつけようのない人間だったが、「服を買いすぎてしまう」という唯一の欠点があった。大きな一つの部屋が何百という服だらけになるもやめられない。海外旅行に行ってもトニー滝谷は服を買いに付き添った記憶しかないくらいに。
密度が濃くて物語として面白いけれど、基本的には暗い話になるのかなあ。
トニー滝谷は実写映画にもなっています。
映画もすごくおすすめなのでぜひチェックしてください。
七番目の男
そこには複数の人が集まっていて、一人一人が自身の話をしているっぽい。
そんな一座の最後に語り出す主人公。おそらくタイトル通り7番目の男。
世にも奇妙な物語にありそうなタイトルで好き。
主人公は、小学生の頃に海辺の近くに住んでいた。
Kという年下の少年を弟のように可愛がり海辺で一緒によく遊んでいた。
Kは言葉が少しおぼつかず、勉強の成績があまり良くないが、絵がすごく上手で賞をいくつもとっていた。
ある日、超大型の台風が来る。家族は台風に備えていた。住んでいた場所が暴風域の中心になり、嵐の前の静かさになる。
海辺まで行くと波が見たこともなく引いてた。干上がった浜辺にはいくつものプラスチックのゴミが散らばっていて、駄菓子屋のおもちゃのように興味を惹かれる。
KとKの犬も来ていたので一緒に干上がった浜辺を探索。
少しして、いつの間にか音もなく、ものすごい高さの波が背後に迫ってきていた。なんとか防波堤に逃げることができたが、Kは全く気づかず波に飲まれる。
主人公は精神的に参ってしまい、住んでいた場所を一人で離れ、親族の住む土地へ引っ越す。
それから40年が経ち、小学生の頃に住んでいた家を取り壊すことになる。小学生の頃に保管していたKの絵が届く。
長い間、罪悪感を背負ってきた主人公が50代になって、ようやく再生する話。
めくらやなぎと、眠る女
10歳以上年下の従兄弟と仲が良い主人公。
従兄弟は片耳が聞こえづらい病気を患っている。
主人公は高校を卒業した後、地元を離れ東京で生活をする。仲のいい従兄弟とも疎遠になった。
10年が経過し、祖母が亡くなって葬儀のために実家に帰る。そのタイミングで従兄弟の耳の手術に付き添うことに。
随分と町が変わっていた。一緒にバスに乗り病院へ。
その病院は8年前に一度、主人公の友人とその彼女のお見舞いの付き添いで行ったことがある。(でもそれは錯覚で別の病院っぽい?)
その過去の回想の物語。
この短編は過去に出版されていて、より短くスマートに編集したものを本書レキシントンの幽霊に収めたと冒頭で著者が書いていました。
文章が非常に美しくて、物語を聴きながら僕自身の若い頃をついつい回想してしまった。
ずっと昔、同じ光景をどこかで見たことがあるような気がした。広い芝生の庭があって、双子の女の子がオレンジジュースを飲んで、尾の長い鳥がどこかに飛んでいって、ネットを張っていないテニスコートの向こうに海が見えて。でもそれは錯覚だ。そのリアリティは生々しく強烈だったが、でも錯覚であることはよくわかっていた。僕がこの病院に来たのは初めてなのだ。
めくらやなぎと、眠る女
まとめ
村上春樹さんの小説になぜ惹かれるのか?ということをオーディブルを聴きながら考えていました。
「人の死は取り返しがつかないこと」「死は孤独とセットであること」「失われた時・物・人はもう2度と元には戻ってこないこと」こういったことが、どの物語にも根底にあって、そこに共感となんとも言えない心地よさを感じてしまうからなのかも知れません。
基本的には暗い話が多いですが、文章が綺麗で、突拍子もない物語、変わった人物、人物ではない何か、が登場して楽しませてくれます。
今回聴いたレキシントンの幽霊の短編の中では、表題の「レキシントンの幽霊」「トニー滝谷」「めくらやなぎと、眠る女」の3つは特に好きです。
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