村上春樹さんの短編集「女のいない男たち」の感想と考察。この作品はオーディブルで聴きました。

初版は2014年4月。オーディブル版は2023年12月配信開始。
この本が発売された当時にハードカバーで購入して何度か読んでいます。せっかくオーディブルを契約しているのでオーディブル版も聴いてみました。
オーディブルは村上春樹さんの多くの作品が聴き放題で聴けるのでハルキストは是非!
ちょっとずつですが全部聴いていく予定です。
ナレーションは市川隼人さん。
「おいしい給食」というドラマが好きでよく見ていましたが、このナレーションを聴くとドラマの教師(市原さんが主人公)の声にしか聞こえない。ドラマの教師役はささやくように心の声を喋ることが多いので、本当にそのまんま。

オーディブルは「何かをしながら聴く」という利点があるんですが、聴くことにも集中が必要です。ですので、1つの話が1時間くらいで終わる短編集はオーディブルと相性がいいと密かに感じています。(長編だと1つの作品が10〜13時間くらいあるので)
村上春樹「女のいない男たち」は面白い?
「女のいない男たち」は面白いか、つまらないか、という点で言うと面白いです。
村上春樹さんの小説はやっぱり面白い。アンチ村上春樹の姿勢で読んでみてもどうしても面白い。
6つの短編集で、どの作品も女性に去られた男たち、もしくは女性に去られようとしている男たちの物語です。
男女の関係は不思議ですね。
著者の何かのエッセイで、男女の関係性を惑星の公転を例に表現していました。
「惑星同士は時折、軌道が交わることがあるけれど、基本的には距離は遠い。でもこの関係性が人生を暖めてくれる」みたいな内容だったと思います。
それから、短編集にはかなり珍しいと思いますが、著者の前書きがあります。
この作品は2014年が初版で、この時期くらいから作品を出版する際には、著者本人が作品を書いてから出版社に持ち込んでいたようです。てっきり出版社から依頼を受けて書いていると思っていましたが、そういうスタイルでやってたんですね。
物語を書いて自分のタイミングで本を出版することができる作家さんはそう多くはなさそう。
村上春樹「女のいない男たち」6つの物語のそれぞれのあらすじと考察
6つの短編それぞれの簡単なあらすじと考察(感想)を書きます。
ドライブマイカー
主人公は舞台俳優。10年以上前に妻を亡くしている。
飲酒による事故で免許を取消しになるが、通勤でどうしても車が必要。信頼のおける人物から運転手を紹介してもらう。
その運転手は24歳の女性で運転がうまい。ただ、ほとんど無口で感情を出さない。
仕事と通勤を送る日々の中、ある日その運転手から質問を受ける。
主人公は男女の関係について、失われた妻について、取り戻したいけれど取り戻せないことなどを吐露する。
人と人とが関わり合うということは、特に男と女が関わり合うというのは、なんて言うかもっと全体的な問題なんだ。もっと曖昧で、もっと身勝手で、もっと切ないことだ。
女のいない男たち
全体的に少し重い感じで暗い話ですが、どうしても嫌いにはなれない物語でした。
著者の小説の特徴の一つに、人物の服装や顔の表情についての細かい描写があります。その人物が目の前にいるかのように精緻でリアル。こういう文章は僕が読んでいる他の作家さんの作品ではあまり見たことがなくて、読んでいるだけで、なんとも幸せな気分になれます。
イエスタデイ
タイトルはビートルズの名曲「イエスタデイ」から。先ほどの短編「ドライブマイカー」もビートルズの曲にあやかってるっぽい。
主人公は20歳の大学生。
友人の木樽はビートルズの「イエスタデイ」を関西弁の歌詞に翻訳して歌う。
東京出身なのに関西弁を後天的にマスターしている木樽と、兵庫県出身だけど標準語で喋る主人公。
二人は同級生だが木樽は2年浪人中。
ある日、木樽から「俺の彼女と付き合ってみてくれんか?」と相談される。実際に3人で会って、後日その彼女(栗谷えりか)と主人公はデートをする。
デート中に彼女から木樽との関係について相談をされる。
木樽と彼女はすごくピッタリだと思うけれど、うまくいかなくてもどかしい。遠回りしすぎて、どんどん遠く離れすぎてしまう。その二人の相談役みたいなポジションになり当惑する主人公。
「東京の言葉が日本語表現の基準になっているの」と栗谷えりかは言った。「その証拠に、例えばサリンジャーのフラニーとズーイの関西語訳なんて出てないでしょ」「出てたら俺は買うで」と木樽は言った。僕も買うだろうと思ったが黙っていた。
女のいない男たち
栗谷えりかの「氷でできた月の夢」が印象的。この話はすごく好きで、読んだ後の余韻も素晴らしい。
市川隼人さんの関西弁もいい感じでした。シリアスな話ですが、妙に可笑しい雰囲気があってよかった。
独立器官
主人公はいつも通っているジムで、52歳の美容外科クリニックの医師と出会い友人になる。
その医師は結婚願望が全く無い。深い関係になって結婚の話にならないように不倫という形で複数の女性と付き合っている。
ところがある日、人妻に恋をしてしまう。もう恋に落ちまくる。
イケメンのゲイの有能な秘書が登場したり、タイトルの意味不明さが物語の面白さを引き立てています。
恋煩いという言葉がありますが、恋の病気で死に至ることはあるのかもしれない。
お金も女性も手に入れた人物が、たった一つの恋によって大きく変わり果ててしまう。という話。
人生わからないもんだなあ。
シェーラザード
この物語の主人公羽原(はばら)は読んだ後でも割と謎に満ちています。
外に出られないようで、買い物を主婦にお願いしている。
その主婦は買い物を送り届けてくれた後に、夕方までベッドを共にする。
羽原はその主婦にシェーラザードという名前をつける。千夜一夜物語に登場する王妃の名前で、ベッドの中で不思議な話を聞かせてくれる、という特徴からそう名づけているらしい。
シェーラザードの話が情事の後に話す物語が非常に面白い。
奇妙な話ばかりなので羽原はまともな受けごたえができずそこも見どころ。
物語の後半に話すシェーラザードの話は気持ちが悪く、苦手な人もいるかもしれません。
シェーラザードの奇妙な独白と、主人公の孤島のような孤独さが印象的でした。
木野
この短編集は2度読んでいましたが、ほとんど内容を忘れていて、唯一覚えていたのがこの「木野」でした。と言ってもタイトルとフワッとした物語しか覚えていませんでしたが ^^;
営業マンの主人公木野。
ある日家に帰ると、寝室で同じ職場の同僚と妻が交わっている場面に遭遇する。
木野は何も言わず家を出ていき、翌日会社も辞める。
叔母が経営していたお店を借りて木野という名前でバーを始める。
常連の不思議な人物。
どこからかやってきたお店のお守りのような猫。
3匹の蛇。(蛇は両義的な意味合いを持つ)
ある日を境に周りの状況が一変して、それからは元の世界は取り戻せなくなる。
著者の長編小説を短編に凝縮したような物語で、村上春樹の真骨頂が発揮されています。おすすめ!
女のいない男たち
中学の頃に恋して付き合っていた女の子がいた。(随分昔に別れる)
それから何年も経過してある日、その子が自殺したことを結婚相手である男性から電話で告げられる。
どうやって主人公の電話番号を知ったのかわからない。
それからずっとその女の子のことを考え、回想する。という話。
他の短編に比べて、詩的な表現が多く、物語らしき物語がない。
下ネタ(ここでは書きにくい文章)が多めですが、非常に言葉選びが上手で思わず笑ってしまいます。
シェーラザードの八目鰻の話もそうだったけれど、村上さんは読者を笑わせようとしているのか、それとも至って真面目なのかよくわかない。とにかく読んでいて笑ってしまいました。
まとめ
6つの短編の中で特に印象的だったのは「イエスタデイ」と「木野」です。
木野の話は村上春樹さんらしさが全面に出ていて、個人的にはこの短編集の中で代表的な作品だと勝手に思っています。
オーディブル版の村上春樹さんの小説もやはり素晴らしいので、是非オーディブル版も聴いてみてください。最初の30日は無料で聴けて途中でキャンセルも可能です。
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